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祟る人ファンクラブログ

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1-6:大谷刑部の頭巾



大谷ファッション



私の中では「刑部といったら頭巾」です。
最初は白い人と呼んでいました。
大河ドラマで初めて見た刑部は頭巾をかぶっていて…白い。
自分のことを「白頭」だなんて文書に署名するくらいだから当時も相当白い人だったはず。
正直これを見た瞬間私の人生が20度くらい変ったと思います。
刑部の一目ぼれ、キーアイテム。いまでも私にとって刑部といえばコレ!だから居酒屋行ってとりあえずビール!みたいなノリで「とりあえず頭巾」について語ろうと思います。

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でも…結局自分のぬるーい調べ方では
ぶっちゃけ覆面の名前とか明確にはわからなかったです。


たとえばある小説に「五条頭巾」という描写が出てきて挿絵ではまんま葵の頭巾、コレダ!と思っても、どうも五条頭巾というのが見当たらない。あの頃は「なんで?あと五条袈裟とか関係あるの?」とかいちいちプピー!となってたんですが、今は色んな頭巾描写に一喜一憂するのはやめました。だっていろいろアレンジ加えられてたり、もうわけわかんないもん。
小説だと挿絵の人が別のもの書いたのかもしれないし、五条頭巾だって京都の五条のだれそれさんが流行らせたからきっとそんな名前が付いたんだろうとか、上杉謙信といえば「行人包」といわれていますが、首の周りにぽんぽんついてるのなんなのと思っても「行人包(亜種)」だろうとか、 もう…専門家じゃないから…いーかげんで良いや…
そんなダメな感じではじめますプピー



葵の刑部イカ頭巾の謎

はまり始めの頃は一人でうんうん考えてました



角帽子(すんぼうし)
前の覆いのないイカ頭巾っぽい、と最初葵頭巾第一候補と目をつけていた、能の「水衣」という演目に出てくる衣装です。月岡芳年の狐の妖怪「白蔵主」に描かれてるのもこれかなあ。微妙な布の折りこみ具合がオシャレですネ。



三成や黒田父の肖像画でよく描かれてる頭巾
家康がやって来た時三成が頭巾を被ったままだったので浅野長政が注意したんだけど知らんぷりしてたので浅野さんが怒って頭巾をむしりとって火の中に投げこんだ、という逸話から。
最終的にはこれを少しいじってイカにしたのではないかと思ったのです。

でも実はアレ、宗十郎頭巾というそうです。
宗十郎頭巾← こちらを見ていただけるとよくわかるのですが
宗十郎頭巾は江戸時代の役者さんが考案したもの。葵の刑部に使われたのはぶっちゃけNHKの衣装係さんのご都合ですやね。私の中ではやっぱりこの頭巾だけど…
では史実の刑部はどんな風に顔を隠していたのだろう?




刑部の関ヶ原勝負頭巾



いくさに負けた武将の宿命ですが、白頭と自称した刑部の「普段着頭巾」の記述はおそらくほとんど無いと思うんです。
あるのは武士の晴れ舞台、絵巻物にも残された関ヶ原合戦の勝負頭巾のみ!
という訳でここではその頭巾について書きます。てゆーかそれしか書げね。

●手元で確認取れた中では「大谷刑部のすべて」の49Pに「関ヶ原御合戦当日記」という史料の抜粋がありました。
そこには「秀秋の無事は三年は過ごすまじきぞと云て、(※絶好調祟る人)兼て自害を心掛けぬれば、鎧をも不着、羽織に村蝶付きたるを着し、小手計指し」と書いてあります。
頭巾!頭巾は!?

●あとこれは図書館で見た本の中にあったと思うのですが、なんか狸の絵の手甲つけてたとかあったような…。狸!?と思った記憶があるんですが。あと頭巾じゃなくて「袋」というのも見たような。ふくろ!?と思ったような。あと面頬だか頬楯だか顔につけるやつは赤かったとか…あーどこでみたのかメモしとけばよかったです。

●あとネットにぷかぷかしてる情報の断片をくみあわせてみたら「練(ねり)の二ツ小袖の上に、白絹に墨絵で蝶をかいた鎧直垂を着ている。甲冑はつけてない。浅黄色(薄青)の布で頭をつつみ、兜はかぶらず、殊漆の頬楯をしている」となりました。

考証とかスルーでとりあえず足し算しますと

練り絹の小袖
白い鎧直垂(蝶の絵が墨で描いてある)
あさぎ色の頭巾(袋かも)
朱色の面頬
狸柄の手甲(?)


みたいになります。実は葵の一人モノトーンで差別化されたかっこよさにしびれたので、その後勇んで調べて見つけた時少しショックでした。(今では全然平気)
しかし色味だけを名前でみると派手派手みたいですが実際はどんな感じだったんだろう。
現代ではギャル系ガーリー系ゴスロリ系ストリート系小悪魔系ちょっとミリタリーいやいやしかし小物でフェミニンなニュアンスをとかなんとかもうとにかいろんな服の系統がありますが、刑部の服は当時の何系の、どんなテイストだったんだろう。






裹頭(かとう)

武蔵坊弁慶がよくかぶっている頭巾。「くぁとう」と正しく読むと楽しいです。
実は袈裟。書いて字の如く白の五条袈裟で「頭を裹む(つつむ)」ものです。僧兵とか特殊な式典の時のお坊さんは袈裟で顔を覆うみたいです。どうやって被っているのかは謎




行人包(絵は亜種?)

なんかこう襟にモリモリしてるのはどうなってるんだー!
でもコレが無ければ一番シンプルというか、スタンダードな僧形武将出陣の図というか。 変化球を考えなければ史実の刑部がかぶってたのはこれっぽいかもと思います。


いつか別ページで書くかもしれませんが実は室町あたりでは空前の覆面大流行がありました。
それは「婆娑羅」という風俗が流行ったからなのですが、きっと頭巾のレパートリーもバリエーションも増えたんじゃないかと思います。
だから刑部の頭巾も選べる幸せ、そのとき流行した悪党風の頭巾なのか、もっとおとなしめの僧侶風の頭巾なのか、中間なのか、適当なのか。
当時の慣習に照らしてどんな自己主張をしていたのか。
自分の顔を恥じてずっと隠してきた人ですが、死に臨んで婆娑羅風に少しはずしをいれたり遊びを楽しんだのか、それとも割と信心深かったことを考えると、色数はあっても調和させてシックに敬虔な感じで挑んだのか。
頭巾の形状も正確に伝わってないんだから、それこそそれぞれの心の中の刑部に好きな頭巾を被らせるしかないと、最終的には思うんです。

謎ってもんは楽しいもんです…と言いつつ、
でも結び方とか包み方の図解本は出て欲しいですマジでー!
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